フクチ@プログラミングと釣り好き大学生のブログ

プログラミングと釣りと、ときどき日常生活

エストニア スタートアップ文化についてと代表的なコミュニティ紹介

こんにちは!
先日、エストニアの日本人会にお邪魔して、お花見をした福地です。

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エストニアでも桜咲いてるんだと感激しまくってました。

今日は現地に来てみてわかったエストニアのスタートアップ事情について書きたいと思います。

・数字で見るエストニアのスタートアップ事情
・代表的なエストニアのスタートアップ ハブ3選
エストニアのスタートアップ文化について考える

の三つに分けて書きます。

数字で見るエストニアのスタートアップ事情

エストニアはスタートアップが盛んといわれてますが実際どうなのって思ってましたが
調べて見ると、エストニアにあるスタートアップは約413社(2017年 時点)で、人口あたりのスタートアップ数はヨーロッパで現在三番目(一位:アイスランド 二位:アイルランド)に高いです。

ただスタートアップの比率が高いわけではなく代表的なSkypeを初めTransferwise や Pipedrive、Taxifyなど国外市場でも活躍しているスタートアップがあったりします(これらについてはまた別記事で)。これらエストニアのスタートアップを支えているエコシステムがあります。そのエコシステムを構成する要素としてスタートアップコミュニティの結束の強さがあります。

代表的なエストニアのスタートアップハブ3選

今回はそのスタートアップハブを担っている代表的なコミュニティ3選を紹介します!!

1.Garage48 : http://garage48.org/

Garage48は2010年に、当時エストニア人六人の創業者によって作られたエストニア初めてのStartupHubです。ここではハッカソン(2,3日間でプロダクトを開発してリリースすること)を月二回ほど行なっています。 当時の設立者たちは多くの起業を目指してしている人々が話し合いだったりいかにアイデアを洗練させるかで無駄に時間を多く取られていることに気づき、「プロダクトを作ることがスタートアップへの一番の近道」だと考えハッカソンを運営する組織を作り、エストニアのスタートアップを支援しようと始まりました。

ちなみに名前の由来として、Garageはシリコンバレーの起業家がプロダクトをつくっていた場所がガレージだったこと、ハッカソン週末の金曜5pmに集まり日曜の5pmまでにプロダクトを完成させます。その48時間の期間から取られています!ここにはSkypeの創業エンジニアの一人やエストニアの根幹である電子政府をつくったチーフの人なども関わっています。


2.Lift99 : https://www.lift99.co/

実はGarage48は物理的には今はなく(今でもGarageの名前でイベントは開催されていますが)2016年にその拠点を閉じました。ですが、Garage48の意志を受け継いでよりstartup支援とコネクションに特化したコミュニティ、Lift99と呼ばれるハブが創られました。Garage48の趣旨としてはハッカソンのイベントを通してコネクションがメインだったのですが、ここでは起業家と投資家を繋げたり、起業へのアドバイスなどより力を入れてる印象です。

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実際に行ってみて、一番面白かったのが#EstonianMafia fame of wall と呼ばれる取り組みでした。
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fame of wall の訳は名声の壁という意で EstonianMafiaはエストニアの中でも成功したテック企業、ここに載せられる基準としては

・年間成長率が80-100%以上
・年間収益が300万ドル もしくは 500万ドル以上の出資を受けている
エストニア政府に対して高い税金を収めている

の以上三つになります。ここに載り、EstonianMafiaと呼ばれることを目指しているスタートアップも多いのだと聞きます。ちなみに創設者は#EstonianMafiaにも名を連ねるPipedriveの創業者が創設しています。

3.Spring Hub : https://www.springhub.org/

最後はSpring Hubです。
ここは起業支援もしているのですが、どちらかというとワーキングスペースに特化したハブになっています。15€/1日, 150 ~ 200€/日でシェアオフィスとして利用できます。

驚きなのがSpring Hubのパートナーとしてキャノンが支援していて意外なところで日本企業との繋がりが見えました。
僕が訪問した時はグーグルI/Oを観よう会が行われていてみんなで楽しくlive映像をみてましたー。
公式webサイトに飛べば施設の中が観れるので興味がある方はぜひ!

他にも
エストニアのスタートアップ一覧をできるStartupEstonia や 上記のハブと同じくらい大きなTehnopolなどがいくつものコミュニティがあります。


エストニアのスタートアップ文化について考える

エストニアがスタートアップが盛んな理由として現地で集めた情報と個人的な見解だと

・国自体がそもそもスタートアップ気質
・コミュニティの結束と創発
Skypeという成功体験

の三つがあると思っています。

国自体がそもそもスタートアップ気質というのは IDカード一枚で99%の行政サービスをネット上で受けれるようにしたり、e-residencyと呼ばれる仕組みでネット上のエストニアの国民になれたり、ノマドVISAと呼ばれるノマドワーカー向けの前例がないvisaに挑戦していたりと
今までになかった国の形に挑戦していて国として新しいものに挑むインフラというか精神が根付いているのかなという印象です。投機自体もネット上で15分で完結できたりする政府の支援的姿勢もあると思います。

コミュニティとしての結束としては前述でも述べたようにエストニアというかなり人口(約130万人)の中にも関わらず、多くのコミュニティが存在していてそれぞれの色があり高め合っている印象を受けました。日本でもコミュニティ同士の結束はあると思いますが、日本と違うなと思った事はエストニア自体の市場が狭いので最初から他の国の市場をみているという事です。
あと個人的な見解としては、はじめのGarage48のメンバーに始まり、スタートアップとして成功し企業が新しいコミュニテイを作りその中からまた新しいstartupが生まれさらにコミュニテイを作っていく流れがスタートアップ文化をより成長させている媒体を担っていると思います。ここがかなりの根幹になっていると感じます。

最後にSkypeという成功体験です。これが一番の柱になっていると思います。個人的にも「成功体験」というものはかなり成長を支える材料になると思っていて、成功体験の中の多くの苦難を乗り越えて結果を出したということは次の挑戦時に大きな壁に当たったとしても「あの時もきつかったけどこの壁を乗り越えたら成功を手にできる」という精神的な支えるになると思っています。

話が若干それましたが、エストニアでも同じことが起こっていると感じていて。何も資源がなく経済規模も小さかった自国から世界中にインパクトを与えたサービスが生まれたというのは彼らの大きな支え担っており、だから彼らは第二のスカイプ、それ以上を目指して挑戦し続けることができると思っています。実際にLift99の#EstonianMafia Fame of wall の下にもSkypeの共同創業者のサインがあり、目標企業としての位置が垣間見れました。


エストニアに来てみて、予想よりもIT化が進んでいなかった部分などもありましたがスタートアップの文化はかなりのストーリー背景がありワクワクする部分がありました。

また新たな情報やより精密な情報を手にしたら追記で書いていこうと思います。
ではでは

参照:
エストニアのスタートアップ数について;
https://e-estonia.com/estonia-is-ranked-the-third-in-europe-regarding-the-highest-number-of-startups-per-capita/
About — Startup Estonia

なぜエストニアはスタートアップのパラダイスなのか
https://e-estonia.com/why-is-estonia-a-startup-paradise/

知的好奇心と認知科学

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知的好奇心は生きる原動力となる

先日、現地のタリン大学院で認知科学とVRの研究をしている佐々木さんと5時間お話した感想です。

佐々木さんとお話をして色々と勉強になった部分があり、振り返りのために書き留めておきます。


認知科学って
全体的な話の趣旨としては佐々木さんの研究の認知科学についてのお話を聞いていたのですが、

とりあえず認知科学について

人間の知覚、記憶、思考などの知的機能のしくみを、心理学や計算機科学などのさまざまな分野の視点から研究する科学 

これを軸にして、言語、芸術、音楽、などについて認知科学的な観点から色々佐々木さんの考えを受けました。
例えば
一つ赤という言葉を取ったとしても「赤いジャンパー」を思い浮かべる人と「赤いりんご」を思い浮かべる人がいて
それにはその言葉に対してのその人のオントロジー(概念体系、イメージ)があり、特に音楽の場合だと音による心地よさとオントロジーがありそれを認知する脳の仕組みがあったりなどなど、

面白かったのは
VRを使ったイメージの認知の実験の話で
白人の女性複数名にVR上で白人女性・黒人女性・エイリアンのアバターになってもらいドラムを叩くという実験が行われたのですが
白人女性、エイリアンのアバターになりきった時はほとんど変わりがなかったのにも関わらず黒人女性になりきった時は二つに比べて表現豊かに叩いたという結果になったそうで、
というのも黒人女性は歌が上手かったり音楽が得意なイメージをその人たちは持っていたからだそうです。
ちなみにエイリアンに対しては未知のモノ = イメージがつかめないので変わらなかったという認識です。

それに関連して
日本語を話す際はフツーなのに英語を話す際に強気になったり、自信満々になったりする人がいるのも白人の強気や自分に自信があるという認知から来るものかもしれないという話も受けて納得感がありました。

人の概念に対する認知って面白いですね!


感じたこと

佐々木さんとお話して大きく分けて二つ感じたことがありました。

一つ目は冒頭にもあるように「知的好奇心は生きる原動力になる」ことです。

知は力なりという言葉は耳にしたことがありますが今までだと、「あー確かにな」くらいにしか感じませんでした。
ただ、知識を得る過程だったり得た知識を別の知識と繋げてまた新しい知識を得て楽しんでる佐々木さんを見てこの人の生きる糧 = 言動力に「知識」というものがかなり占めている印象でした(佐々木さんこんな言い方ですいません。笑)。要は人生を豊かに原動力 = 力 = 知識を体現してる人だなという感じです。

それと同時にふと思い出したのがあるのですが
昨年、かなり目的、「なぜそれをやるのか」「それをどうなるのか」などなど に囚われすぎてしまって動けないそして精神的に落ち込むといったことがありました。
結論としては目的を考えるというの行動を洗練させる上で重要なことです。
ただ、それ以前に「知りたい」という欲求は生きる上で重要なのかなと思っています。

というのも僕の人生の経験で生きることと知的好奇心はかなり繋がっていて
例えば、高校の頃にかなり数学が好きだったのですがその問題を解いている最中はこの問題を知りたいという知的欲求がかなり出ていて、解き終わった後の充実感はかなりのものでした。
今思えば「ああ生きているな」とも感じてたと思います。笑 他にも一年の頃にシンガポールにいった時も自分が知らない地域に行ってみたいとい好奇心がありました。
もっと昔に遡れば、虫を捕まえてみたり自転車に乗ってみたりするのもこれをしたらどうなるんだろうという知的好奇心から来てたなと思います。

まずは知的好奇心にしたがって動いてみようということを改めてこれからの生活の軸に置きたいなと思います。


二つ目は「独特の感性を持つ人と話すのが好きだということ」です 笑
独特の感性というのはその人特有の経験による知識からくるものだという認識ですが

「言葉」という概念に関して言えば
僕が感受するのはコミュニティケーションとしての一つのツール程度ですが
佐々木さんの場合だと、脳の認知の側面から、音、歴史背景(どういう意図で創造されたか)まで多様な側面から言語としての概念を捉えていて
まさに独特。。。という感じがしました。
こういう自分にはない感性で物事を感受する人と話すと自分の中の思考のリミッターも外れて広い感性を考えることができるのですごく良いし、
何よりも面白い!その人のことが知りたいという知的好奇心がより高まるしそれが高まれば高まるほど楽しさがまた湧いて来ます。

今回、海外に出ている目的の一つとして精神的、具体的に言うなら感性の部分での成長も重点においているので
佐々木さんのような洗練された感性を持っている人とお話できる機会はすごく貴重でした、

いやー本当に面白い時間でした。
佐々木さん、ありがとうございました。

あ、来週にエストニアのスタートアップを歩いて回ろう的なイベントがあるので参加するのがかなり楽しみです。
来週あたりにエストニアのスタートアップ特集でも書こうかな。

今回お話をしてくださった佐々木さんのブログ:
30eesti.hatenablog.com



振り返りをより精巧するために参考にしたサイト:
存在論(ontology)
gendai.ismedia.jp

トビタテの事前研修と久しぶりのエストニア

こんにちは!
エストニアで一番多いカフェチェーン店のREVALCAFEでカタカタしてる福地です。
エストニアも10°超えとかなり暖かくなっている様子。

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実は三月はエストニアから離れて日本に帰ってました。

っていうのも
トビタテ留学JAPAN(トビタテとは)という文部科学省が行なっている留学奨学金のプロジェクトに合格し。それの手続きと事前研修で一時帰国をしてました。


ユニークな人たちがいっぱいの事前研修

留学生活をより充実させるために既に世界で活躍している日本人の講演を聞いたり、自分の留学軸をより洗練するためのプログラムを一泊二日でこなしました。
グローバルリーダーとして登壇いただいたアメリカで外科を学んだ医者の内田さん、紛争調停官として世界で活躍している島田さんのお話を聞きました。

留学とは関係ありませんでしたが、島田さんの「僕の言葉一つで戦争を起こして何万人もの人を殺せる」という言葉はかなり響きましたね。こんなに多くの人の物理的な生死を背負って仕事をしている人だからこその言葉の重みがありました。

他にもかなりのインプットを受けたのですが、なによりもトビタテの同期の人たちの研究や取り組んでることの独自性やその分野での好奇心がすごかったです。
宇宙の解明をより近づけるという重力波天文学を学びにオーストラリアへ、エネルギー革命を起こす燃料電池を研究しにアメリカへ、ファーストフードとは逆の概念のスローフードを学びにイタリアへ行く人など
まさしく分野が多岐に渡っていてそれぞれがその研究に至った人生背景があり,かなり面白い人たちとお話ができたのは一番の価値になったと感じています。

帰ってからみんなのお話を聞くのが楽しみです^^


エストニアでの心構え

これからエストニア生活が始まりますが楽しみつつやることやって帰って来ます。

留学目標ではないですが、
留学での心構えとして、「逃げない留学生活」にしたいと考えています。
というのも前よりもかなりマシになりましたが、まだ英語に自信がないせいか知らない人に英語で話すメンタルが弱くお店に入る時や話かける時に逃げようとする自分がいます。。。

言語レベルの問題というより性格的な問題も要因として大半を占めているのもあると思うので留学生活を通してこういう部分を変えていこうと思います。日本に帰っても変わってなかったら誰か僕に説教してください。笑

これから
ブログもまたちょくちょく更新して来まーす。

ではでは〜

エストニアの支配の歴史を少しだけ

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こんばんは!
だいぶ前に、エストニアの歴史博物館に初めて行って来ました。
中の写真が撮れなかったので、外見の写真を少し。

歴史博物館って勝手に展示品がずらっと並んでるだけのイメージがあったのですが
空間デザインが凝っていて昔のヨーロッパのような空間を味わいながら展示品を眺めることができて楽しめました^ ^
Great Guild hall:http://www.ajaloomuuseum.ee/visiting/buildings/great-guild-hall

さてさて、
今回はエストニアの統治されていたの歴史の一部を少しだけ書こうと思います。

今は日本で色々と注目を浴びていてるエストニアですがその発展の背景にかなり前からの支配の歴史があります。

エストニア支配の歴史
以前の記事でも書いたようにエストニアは1991年に再独立を果たしたのですが
実は最初の独立日は1918年の2/14に一度ソ連から独立を果たしています。
しかし、たった20年ほど経った後に再びソ連に占領されてしまいます。

ただ、1938年以降の統治を違法とみなしていて、1991年8/20を独立回復記念日、1918年2/14を正式な独立記念日に制定しています。
上記はまだ1990年代の話ですが
それ以前には周りの諸国、ソ連、ドイツ、フィンランドなどなど、かなりの数の国に支配され続けていた歴史があります。

僕がここにきて一番聞いてびっくりしたのが1944という映画の話を聞いた時でした。


同国人同士が他の国のために戦った戦争

この映画のストーリーを少しお話すると、
1941年にナチス時代のドイツが不可侵条約を破りソ連に侵攻します。
それから1945年まで独ソ戦と呼ばれる戦争を起こします。

エストニアを始めとするバルト地方では当時、ソ連の統治の歴史から反ソ連の意識が根強くソ連に対して反発心を芽生えている人も少なくありませんでした。
そのせいか侵攻してきたドイツを当初、ソ連からの解放軍と思ってしまいます。

そして1944年に悲劇が起こります

両軍の兵士にエストニア人が駆り出されたのです。
正確に言えば、反ソ連からドイツ軍に入ったエストニア人と元々統治されていたロシアの赤軍側につき、同国人同士で戦うという結果となったのです。

もちろん、この戦争が当時のエストニアの独立に関わったわけでもありません。(実際にその後ソ連の統治が40年以上続きます)
ドイツとソ連の戦いにエストニア人が巻き込まれるという悲惨な戦争になっていました。


悲惨な戦争の後の独立と国の再建

それから数十年が経ち、1938年以降の秘密議定書:
独ソ不可侵条約 - Wikipedia
によるソ連の支配は違法であったことをソ連が認め
独立を高める運動も起きていき
ついに1991年にソ連の崩壊を機に再独立を果たしました。

そして再独立を果たした際にこれから国を存続させる上で何が重要かを考えました。
これから先も他の強国に支配される可能性はゼロではない。
多分、というか絶対に再独立した当時、エストニアの中心にいた人たちは国としての定義を改めて考えたんだと思います。

ちなみに国の定義として

一般的に、住民・領土・主権及び外交能力(他国からの承認)を備えた地球上の地域のこと---wikipedia

がありますが、

エストニアは侵略され続けた歴史から自分たちのものではなくなる可能性もある領土を捨て、住民、いわゆる国民が「私はエストニア人だ」と言えるような国への所属感を最優先にしたのだと思います。だからこそ、たとえ国土が占領されようが、国民が地球の裏側にいようが国としてのコミュニティを繋ぐためにITを利用したのだと思います。


こうやって大まかですが歴史を振り返ると
エストニアがなぜ国の定義から国土を捨てて、エストニアという国の概念を残す事を優先した背景がより鮮明になっていき、現在の国のあり方や目指す先に納得がいく気がしますね。

あ、現地のスタートアップコミュニティにも行ったので次回はエストニアのスタートアップについていくつか書こうと思います。

最後に...
先日の2/24にエストニア建国100周年を迎えました。
おめでとうございます!!
エストニアの公式サイトでも100周年祝っていますね。
https://www.ev100.ee/en/estonia-100-centennial-week

それではまた!

エストニアに来て意外だったこと

こんばんは!
今日はエストニア、厳密に言うならタリン(日本でいう東京)に来てちょっと驚いたことを書こうと思います。
*前提として個人的な感覚が大きいので僕の情報だけでなく、もし興味もっていただいたなら他の人の情報も見て欲しいです。

1.ゴミ箱の数とポイ捨て
タリン市内だと、どこへいってもゴミ箱に遭遇します。
各バス亭にはあるし、言うならば10mくらいの間隔でゴミ箱が置かれている場所もありました。

面白いのが街中にあるこういうゴミ箱。
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なぜか浮いていて、しかも広告が必ず貼られている。っていうか広告を見せるために浮かせているのかな。

ここまでゴミ箱があるならポイ捨てないよなって思うのですが
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多い方だと思います。ふつーにゴミ箱の近くにも捨ててあったりします。
友人がlitteratiというオシャレにゴミ拾いをする活動をしているので是非ともエストニアにきてほしいです。

ゴミ箱が多いこととポイ捨てする人が減るのはあまり関係がないことを示してくれましたね。

2.壁の落書き
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これはあくまで僕視点からなのですが,
やたら建物への落書きが多いです。。。(現地の人からしたらもしかしたらアートかもしれないが)
タリンの旧市街地は世界遺産になっているというお話は以前にもしたかと思います。



その旧市街地の中でも建物の落書きが多い。ほんと多い。

けど、これとは別でちゃんとしたビルディングアートもあるみたいですね。
www.visitestonia.com


3.意外と英語通じない(今のところ)
ヨーロッパの中でもエストニア英語を話せる人の割合は高いというデータや現地に住んでいる人の記事でも不自由しないと書いていてエストニア国民はみんな英語話せるのかなと思っていたのですが、

これは最初の記事でもコンビニの店員さんが英語通じなかったと書いた通り、タリンの中だとけっこー市街地の中でも観光地 & 若い人 じゃないと英語喋れなかったりしました。
っていうのも教育の歴史的に1991年の再独立する際に英語教育に力を入れたのでその時の世代以降、〜30代じゃないと通じないんだなと思いました。

ただ、現地の大学のハッカソン(3日など短期間でサービスを作るイベント)に参加した時は全員、英語を話していてしかもネイティブなみに上手い人が多くて驚かされました。
これから世代交代するにつれ、どんどん英語を話せる人が増えていくと思います。


4.wifiの速度
タリンの中でも栄えていて、観光地でもある旧市街地の中やその周りのカフェに手当たり次第行き、計測したのですがこんな感じでした。
*速度制限がかかった状態を 1 ~ 10Mbpsくらいだと思ってください。
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一番早かったのが現地の工科大学のwifi( さすが! )あと友人宅で公共のTalin_wifiやカフェのwifiは一桁前半で遅いですね。一部は遅すぎて計測すらできないところもありました。

しかしながら、エストニアは2020年までに公共wifiの速度を爆速(3桁台)にするらしいので今後の動向が楽しみですね。

あ、エストニアに滞在する際はsimカードがかなり安くコンビニで買えるのでそうした方が便利かもしれません。
5GBのsim 5€(750円くらい)/30daysで買えますね。安すぎ。
prepaid-data-sim-card.wikia.com


本当は今回、エストニアの歴史ついて軽く触れようと思ったのですが
国の歴史は軽く調べられないもので、いろんなもの絡みあっていてもう少し勉強して来週あたりに出せたらなと思います。

では、また来週〜〜

追記:

他の欧州を周った人から聞くと、エストニアは綺麗な方だそうです。
https://zerowasteeurope.eu/2014/04/and-the-best-waste-performing-country-in-europe-is-estonia/

情報収集不足ですいません。以後気をつけます

意思決定と海外について

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おはようございます!
先週、エストニア1評判の良いレストランに行ってご満悦な福地です。

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trip adviserの評価が⭐️5/5000件レビューでびっくりにしたのですが
ぶっ飛んだ価格ではないのに雰囲気といい、料理の質といい、店員さんの接客態度といい星5にふさわしいところでした。
エストニアにきたら一度は行ってみてほしいです!!
www.tripadvisor.jp

さて今日はエストニアに来て2回目の記事ですが
どちらかと言うとエストニアというより海外に行くことと意思決定について自分の今の知見をメモも兼ねて書きます。

人の成長について

早速、重たい話から始まりますが
人を人間的に成長させる要素として色々あると思います。
その中でも僕が尊敬したり憧れたりする先輩や社会人に共通してあるのが
多くの重い意思決定をこなしてきたことがあります。
正確にいうなら負荷が重い方の決定ですね。

まず意思決定とはそもそも何かというと、定義は人によりますが僕が思うものとして、
複数の選択肢からどれかを自分で判断して選び行動することだと思っています。

例としては日常の例だと、
今日の夕飯は和食か洋食にするかと聞かれた時にどちらでも良いではなく洋食がいいと選んだり、通学中にこの道の方が早いからここから行こう など

より重いことでいうと
受験や就職などいわゆる人生の指針が大きく変わる決定などがあると思います。

僕が考える意思決定から得られるモノとして
同じミスをしづらい:相手に決断を委ねたときよりも、自分で何かを判断したときの方が記憶に定着しやすくかつ判断軸ができるので同じミスをしづらい
当事者意識が芽生える :自分で判断した分、人のせいにはできないのでなんとかやり遂げるという気持ちになれる
集中度 :これをやって、これはやらないと決めることによって取捨選択ができ、自分が大事にしてるモノがわかり集中できる

などなど、多くあると思います。


意思決定には二つある

受験の例で話すならば
志望大学、今の実力でいけるところを選ぶのか、今は届かないけど勉強量を今以上にあげたら届きそうなところを選ぶのかで
結果だったり成長度は違います。

そう、重い方へ意思決定を下すほど得られるモノが大きくなります。

意思決定が重くなる時として、その決定からくる結果のリスクの大きさと判断要素の不確実性があるのかなと思っていて
特に僕の場合は自分の選択が複数の人間を巻き込んだり、人間関係に関わるものだとすごく考え、悩みながら動いてきました。(もちろん、逃げた事もありますが...)

インターンや諸々の活動で
メンバーを選ぶよりもリーダーになるのを選ぶと成長するというのは意思決定の多さとそしてその重さがあるのかなと感じます。


海外へいくことと意思決定

海外だとより多くの意思決定をこなさざる負えない状況になるのかなと、現地に住んでいる日本人に聞いたり、実際に一人で来てみて感じます。

というのも、日常生活ですら意思決定の連続だからです。
海外へ行くと当たり前ですが 人種、街並み、文化、気候、経済が違っていて

ここに来て、ただ買い物をするにも、店員さんに何かを注文する時にも、バスに乗るにも、そして人に話しかけるにも

“意思決定”というモノが日本にいるときよりもとても多く押し寄せてきます。

特に一番の障壁だと思っている”言語”が意思決定にすごく関わってきました。

正直、今の僕は英語はお世辞にも上手いとは言えず、流暢に話せたりできません。
コンビニでバスに乗るためのカード(日本でいうSUICAみたいなもの)を買おうとした際にこの英語レベルでちゃんと通じるのか、話かけたら相手に迷惑がかかるのでは、拒否されたらどうしようなど色々な考えがよぎる中で怖いし、行きたくないという気持ちもあり、何も買わないまま帰ろうという軽い意思決定もできたのですが

せっかくここまで来たのにそんな決定をしたらもったないなと思いなんとか勇気を出して店員さんに尋ねると、まさかの店員さんがロシア語しか話せないという事態。

スマホが繋がらないので翻訳もできない、なんとか身振りぶりで伝えようとするも伝わらない。

後ろのお客さんもまっていたので焦る僕。

ふと、財布の中を見ると間違ってもってきた Suicaがある

それを見せてbusを連呼してなんとか購入。(買おうとしたカードはSuicaに酷似していた)

そこから
・欲しいものの画像を見せると伝わりやすい
・単語、単語で言えば少しは伝わるといったこと
・上の世代だと英語が話せないのか といったことを学びました。

これらは店員さんに尋ねるといった意思決定をしないとわからないことでした。

僕は海外に出てから意思決定について分かり始めたのですが
日常生活の中で負荷のある方への意思決定を連続的にする人はすごいなと思いました。

今回は発信というかはメモのような形で書きました笑

次はエストニアの歴史と人柄について簡単に書こうかなと思います。
ではまた^^

未来国家エストニアへ

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エストニア タリンの旧市街地から見える景色です。
ネットで見たときにも綺麗だったのですが、実際に見たときの感動はすごかったです。

いきなりなんだという始まりでしたが、
僕は先週からエストニアという国に滞在しています。


そもそもエストニアってどこ?

簡単に説明すると
ヨーロッパの北欧にある小さな国です。

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多分、バルト三国の一国と言えば地理を勉強した人ならなんとなく分かると思います笑

人口は岩手県とほぼ同じで 130万人、面積は北海道の半分くらいです。
さらに1991年にソ連から再独立(エストニアの歴史については後日また)をしていて、いわゆる 若い小国にあたると思います。


エストニアに来た理由

その小国が近年、ある分野で注目を浴びています。それが ITです
あの有名なビデオチャットツールSkypeエストニア発祥のサービスです。

I Tというと人それぞれ定義があると思うのですが
今の僕の定義の中で IT というものは何か既存の価値あるものにITを掛け合わせることによって全く新しい価値ができるという媒体の認識をしています。
例えば、youtubeがテレビとIT(正確に言うならインターネット)を掛け合わせたおかげで、誰もが動画をアップロードしデバイスとネット環境さえあればどこでも閲覧でき、さらには Youtuberという新しい職業 価値を生みだしました。

そして
既存の掛け合わせるモノが大きければ大きいほど 新しくできる価値が大きくなると思っています。

エストニア はそれを「国」にしたのです。

エストニアがITを国に生かそうとした理由として
ドイツ、ロシアなど歴史的にも色々な国に領土を支配されていた歴史があります。。
その支配の歴史から物理的に国土を持つリスクを考えた結果、領土をインターネットという仮想空間に置きました。

部分的ではあるもの国の定義を変えようとしています。

その象徴として電子化政府を目指していて、国民のデータをネット上で管理しています。
仮に物理的な国土を失ったとしてもネット上に国のデータがあるおかげでエストニアという国は残ることができます。
その国の領土内に住むことではなくて、国民がエストニアという国に所属しているという概念を重要視した結果になっています。

具体的に言うと eID cardと呼ばれるモノがあり、どこの国にいてもこのカードさえあれば自分の戸籍データや選挙にも参加できます。

実際のID cardです↓
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日本を批判しているわけではないですが、誤解を恐れずに言うと日本を始めとして自国の基盤をより便利にするためにITを生かそうとした諸国と違い
エストニアという国は"IT"というトレンドツールを武器に本気で国の存続をかけてそれに取り組んでいる国だと思っています。

僕はその必死にまわりの国を追い越そうとする、上に上にという精神力とそれを実現するだけの技術力を学びに行こうと思い来ています。

実際にここで一週間過ごしてみて、観光地を巡ったり、日常生活を体験してみたり、現地のイベントに参加した中で印象と違ったりしたことや意外と知らなかったことなどなど、発見があったのでこれから少しずつ共有していこうと思います。